はないちもんめ

まとまらない

名作って言われてる映画を観た

私は去年あたりからAmazonプライムに加入しているのだが、映画を全然観てないのでなにか観ようと思った日曜日。

 

と言うわけでスタンド・バイ・ミーを観ました。

この曲は人生で1度ぐらいは聴いたことあるぐらい有名ですよね。私も大好きな曲の1つなのだが、恥ずかしながら映画は全く観た事がなかった。なんならあらすじすら知らなかった。

そんな私(25)がスタンド・バイ・ミーを観た率直な感想です。

 

物語は1人の男性の回想から始まる。

《僕が死体を初めて見たのは、12歳の時だった…​───》

ま、ま、待ってーーー??!?!!

死体?!どうした、えっ死体?!12歳で死体見たの???どんな世界線???バトロワの中生きて来たの???

と思ってしまったが、舞台は1959年のアメリカ。それも田舎のアメリカ。

日本で言えば昭和34年。今の60歳ぐらいの人達が産声を上げたばかりの世界で生きている12歳の少年たちの話だ。

そりゃあ感覚も違う。そもそもアメリカだし。舞台もめちゃくちゃ治安の悪い町だし。

って自分に言い聞かせてたら、話は男性の12歳の記憶へと戻る。

って思ったらツリーハウス出てきたー!えー!この時にはもうアメリカでは鉄板だったの?!うわー!ツリーハウスじゃん!!!秘密基地だ!!!めちゃくちゃ憧れてた!なんなら今でも憧れてる!!!

ノックもちょっと違って、多分みんなで決めたんだろうね~~~楽しそ~~~わかる楽しい。

そして、そこでポーカーを楽しむ12歳の少年たち。口元には煙草を吸いながら。

えっ。

正直このシーンは何よりショッキングだった。既に未成年の喫煙は規制された社会で生きている私にとって、実写で、しかも名作って言われてる映画で!少年の喫煙シーンがこんなにドンと出るとは!

驚きとショックで脳がびっくりした。

そりゃあ高校生ぐらいの子達が喫煙してたらまぁね~~~と思わなくもないよ。正直見た目は大人と大した差はないしね。

でも見た目も正真正銘子供がこんなバンバン煙草吸うの見る事なんて多分もう一生ないよ…。

驚きだった。自分たちでは煙草は買ってなかった(さすがに買えなかったのだろう。お金が無いと言うのも理由の一つだろうが。)が、親のをパクってくるあたり手口が慣れてる。

でも、拳銃パクってきた時の「えっ拳銃ヤバ…マジ?」って感じは、良かった…拳銃はそんなに身近じゃなかった…これで撃ったことあったらもうダメかと思ったよ…!

仲間のひとりは最初の方に《こいつは父親に耳を焼かれそうになった》とか言ってるし、もう意味わかんないよ。焼かれそうになったって言ってるけど、それ焼かれてない?大丈夫?焼かれたんじゃね???(確認したら焼かれてました。)

序盤で既に語り部の少年以外の家庭環境が最悪だと言うことが分かる。

ひぇっ児童相談所、いや警察きてくれ…!

しかも語り部の少年の家庭環境もなかなかで。

兄が4ヶ月前に交通事故で死んだって言うじゃありませんか。両親はそのショックから立ち直れて居ないと。少年は《もう4ヶ月も経っているのに両親は立ち直れていなかった》と言っているけど、少年もまだ兄の死と上手くお別れ出来てなかったんだね。

まあショックなのも分かるけど、お母さんガン無視なのヤバくない?やば…って思ってたら、回想の家族の食事中のシーンで、お兄ちゃんが家族の間を取り持っていたことが何となくわかる。

そのシーンで、カチンと来たのはお母さんが《あの子(兄の彼女?かな?)はとってもいい子だから、》と嬉しそうに話すと《女の話はするな!今はそんな事にうつつを抜かしている場合じゃないんだ!》とお父さんがグチグチお母さんに言うシーン。

いやいやいやもう、お前なんなの?男ってだけでそんなに偉いの?なんなの?何様なの?確かにこのお母さん面倒臭い女っぽいけどそんなに言うことなくない?と思ってしまう。でも時代は1959年。女性の社会的地位が高くない時代。しかも田舎。

最悪と言う言葉しか出ない。

この映画、基本最悪って思うことが多かったな。と今更ながら思う。

これは時代の変化によって起こることなので、むしろそう思えて幸せだし、正解だと思う。

だからと言って映画がダメな訳では無い。むしろこの時代の社会を見れる良い機会だと思う。これは教材の一種で、今観て良かったとも思った。

あと、これもショックと言うかもうやめろや!手前ら全員しょっぴくぞ!って思ったのは、不良グループたち。多分高校生ぐらいかな?飲酒運転だろお前らって思うところと、逆走してんのにトラック来ても動かない感じのやつ。マジでお前たちなんなの?郵便受け全部直せや…いい加減にしろや…

なにより12歳の子にナイフむけんな。

腕に直接なんか彫ってるやつめちゃくちゃ痛そうだし、もうやめろ…!(限界)

 

面倒になってきたからここからは4人の少年達の印象を語ろうと思う。

 

まず、語り部のゴードン。

彼は兄の死をきっかけに両親から浴びせられる《兄より劣った自分》のレッテルに苦しんでいた。こればかりはゴードンが悪いとかではなく、完全に両親が悪いな。と。両親に期待されていた兄と両親から劣っていると思われている自分を比べて苦しんでいるゴードンに何度大丈夫、そんなことない。と言いたかったか。まあ全部クリスが言ってくれたけどな!本当に良い親友関係だと思う。ゴードンはクリスが居たから《兄じゃなくて自分が死ねばよかった》と言う呪縛を言うことが出来たし、信じている人が居たから物書きにだってなれたのだと私は思う。自分を信じてくれる存在って、めちゃくちゃ大切よね。

 

この4人の中でリーダー的存在クリス。

最初こいつマジで煙草バンバン吸ってるし、給食代盗むし、絶対暴君だと思っていたけどこの4人の中では1番に大人。冷静。子供っぽいところはありながらも自分が今どんな立場に居るか1番に分かってる子だった。だから親友のことも想って《俺たちみたいな奴らとつるんじゃダメだ》とも言うし、本当に信じているから《お前は立派な物書きなる。お前の親父が信じなくても俺は信じる》って言ってくれるしめちゃくちゃ重みがある。クリス、お前は賢くて優しい子だよ。だから、一見一緒にいるのが謎なゴードンとクリスだけど、彼らが親友だと言うのは納得出来る。そんなクリスがゴードンの前だけで泣くシーン。本当は給食代を盗んだけど、正直に先生に持って行ったクリス。でもその給食代はそのまま先生が着服してしまった。涙するクリス。怒りが込上げる私。この作品大人がクズ。クズの中でもがいて生きていこうとする少年たちに胸が痛い。すまん、大人がしっかりしていれば…!

 

こいつこそ複雑すぎる家庭環境テディ。

《あいつ頭イカれてる》って何回言われてた?ってぐらい凄かった。耳焼かれても父親を尊敬し、愛しているテディは、父親を悪く言われるとカッとなる。このタイプは早死するなと言うのが正直な感想。度胸試しもしたがるし、結構破天荒。何も考えずにワッと行動してしまうタイプ。でもちゃんと空気も読める場面もある。ゴードンが落ち込んだ時にはクリスに言われたと通りその場を離れるし、謝ることだってできる。カッとなって暴れちゃうけど、冷静になるとしゅんとするの可愛いし、子供の頃からこの感情のコントロールに力を入れてやればちゃんと長生きできるよなぁと思っちゃう。すぐ危険なことをしちゃうので、野犬が鳴いてても幽霊だ!見に行ってやる!って行っちゃう。クリスがいて良かったね。本当に。

 

1人はいるよねー!ノロマな奴!なバーン。

話はこいつが発端で始まるんだが、結構保守的。みんなに着いていくよ〜タイプかと思えば、テディに殴りかかれるから、良くも悪くもこの4人は対等だなぁって感じる。列車のシーンはマジでお前早く走れ!行け!行けー!!!ってなったよね。とろとろ歩くな!走れよ!ってなる。多分みんななったよね。コケて立ち上がらない時はつい、内なる修造が出てしまったよ。最後の一目散に逃げるのもバーンなんだけど、まあそこは期待を裏切らないよね。うん。最後のバーンの《またね》から皆が別れていくのが良い。そうだね、またね。だね。

 

この作品ってどんなタイミングで観るのが1番なんだろう。と考えた時、私は小学生に1度見て、少し大きくなってからまた観て、そして社会に出てからまた観るのが1番の楽しみ方かもなぁ。と思ったけど、どうなんだろう。

見終わったあとはずっと、クリスとゴードンの友情に思いを馳せてたし、EDでは何故か泣けちゃった。お前それはクリスのことじゃんっ!って。

私が同人女だったら同人誌は余裕で作っているレベルで、彼らの友情にときめきを感じた…。

 

でも、少し経って、そう言えば似たような話を私は小学生の時に読んだなと思い出した。

恐らく、小学生の時にスタンド・バイ・ミーを観たらあんなワクワク感が味わえたのかもしれない。

違う作品で味わったワクワク感で、疑似体験をした気分でなんだか少し嬉しい気持ちと、既に私はこの作品を観てもワクワクできなくなってしまったことに寂しさも覚えた。

最後にゴードンは言う《12歳の頃のような友情はもう二度とできることはない》と。

ただただその通りで。

あの頃は戻らないし、戻れない。

狭い世界で生きてきた自分が、自分の足で歩んだ線路の先に見えたものは私にはもう感じることは出来ない。

やっぱりどんなものでも年齢によって感じるものは違ってくる。その善し悪しは人によるが、知らないより知っている方がいいので、私はやはり観て良かったのかもな。と思う。

そして曲を聴いて、ちょっぴり泣く。

いつの間にか大人になってしまった自分の肩を叩きながら、戻れない日々を想う。

 

でもやっぱり、子供目線の作品は子供に戻って感じた方がいいよな~~~!!!

あーーーーあ!大人取り外したい!

 

【結論感想】

子供の喫煙シーンは何か胸に来るものがあるし、思ったよりショックがデカい。

 

自己分析力をつけたい(希望)

どうもこんにちは。

ちょくちょく当ブログの「グループ紹介記事」を見て頂きありがとうございます。

さて、前の記事から早いもので1年ほど経っていたわけですが、私はわりと元気です。

近況報告をすると、1年半以上務めた会社を辞めました。辞めて、働かずにだらだらと3ヶ月程過ごし、春が来てしまいました。

予定では4月から働く予定だったのになぁ…無理だったなぁ。

辞める前はわりと自分は社会的に認められたい、社会で必要とされたいと思う社会的欲求※1が強いと思っていたので何かしら行動するだろうと無計画で辞めたわけです。

辞める前の私に言いたい。

そりゃあ無理だ。

びっくりするぐらいない。

確かにどこかの集団に入って、安心したい気持ちはある。然しよく考えてみてくれ。

私既にTwitterInstagram等のコミュニティ、友人とのコミュニティに所属しているんだよ。

だから今更会社と言うコミュニティを求めてないわけ。分かる?

私これ、辞めて1番びっくりした。

私は分かってなかった。会社のコミュニティに居なくては社会での自分の居場所がないように思っていたからだ。でも普通にそんなことはない。

そして次にびっくりしたのが思ったより私が疲れていたことだ。

この「疲れ」は身体的なものではなく、精神的なものだ。

元々人"に"話すのは得意でも、人"と"話すことが苦手な私は、どうにか不快に思われないように自分にセーブをかけて会社の人たちとコミュニケーションを図ってきた。

それがいけなかったんだと思う。

正直じゃあどうすれば良かったんだ?と言われても今もわかんないし、多分これからも分からない。

人には苦手なことがあるから私はその力加減が苦手だってことなんだと思う。もうこればっかりはしょうがない。

じゃあ、その苦手とこの社会で生活していく中でどう付き合っていけばいいのかを考えてみた。

 

 1.期限を決めること。

私は目の前のご褒美(旅行や物等のご褒美にあたるもの)に向かって頑張れるタイプではない。

嫌であればしたくないし、それが永遠に続く方が耐えられない。例え定期的にご褒美があってもだ。

じゃあどうしたら頑張れるのか。

それは期限を決めることだ。

1ヶ月頑張ればいい。1年頑張ればいい。等その期限は様々だが、とにかく期限を決めることだ。

これは「100万貯まったら会社を辞める」とかでも使える。然しこの目標を掲げるには"本当に100万円が貯まる目処が立っている"ことが前提にある。

だから期限決めて会社辞めて、転職してを繰り返すのが一番しょうに合ってるのかも知れないね。(断言できないのは、冒頭で言った通り、私もよく分かってないからだ)

 2.考えることをやめた方がいい。と思うことをやめろ

私は考えなしで突っ走るタイプではない。かと言って、めちゃくちゃ考えて予定をきっちり立てて行くタイプでもない。

考えなしで突っ走るのも不安だし、予定を立てることは苦手なタイプだ。(どんなタイプだ)

なので考えていたと思ったら、何故か大切なところで考えなしに突っ走ってしまう

例えば旅行にいく時、私はある程度考えていくことが多い。それはその時の自分のコンディションにもよるが、大体は頭で考えていく。

だが、その通りに出来た試しはない。

途中でお腹がすいたり、朝寝坊したり等"自分で行動すれば回避出来たことをしなかった"ことにより予定外のことが起こるからだ。

でも私はそれでいいと思っている。

根本的な心理としては自分に対して激甘ちゃんなのだが、「人生なんとかなる」と言う安楽的な座右の銘を掲げている私なので、基本的にはそう考えて生きている。

それでも考えることをやめないのは何故か。

それはただ自分が不安だからだ。予め考えておいた上で予定外が起こり、それを調整していくのはこれまでの人生で何度もやってきたことなので得意なのだが、何も考えてないことでアクションが起こると思うと起こったら起こったで多分対処はできるんだけど、如何せんその前の自分が不安で押し潰されそうになってしまう。そう、私は自分で自分を責めることが癖になっているのだ。

悲しい癖だな。

何度かやめようとしたが、無理だったので諦めている。もう考えてもしょうがねえ。と言う自己完結に至った。(自己完結と言ってはいるが未だにどうにかならないものかと考える)

そう思うと私は物事が始まる一週間前、前日と緊張し、当日の数時間前からめちゃくちゃ緊張して行きたくないと駄々を捏ねる人間だ。

所謂緊張しいなのだ。

考えてもしょうがないと分かっていても最悪を考えてしまうのは今世ではどうしようもないので来世の自分がそうでないことを祈るしかできない。

来世はもっと上手く生きろよ私。

ひとまず、考えることは少なくとも、私自身にとっては安心感を与えるものであり、それを無くすとこに努力することはきっとこの世の中で一番無駄なことなんだろうよ。きっとね。と言う結論を今は出しておくことにする。(きっとこれからもこのことについて考えるし、自分を責めていくのだろう。致し方ない)

 

とまあ、2つほど挙げてみた訳だが、私は最初に社会に生きる上で自分の苦手とどう向き合って行くのか考えたと言っていたが、

それは嘘だ。

過去のブログや今も読んでいて感じると思うが、私はお喋りなくせにその内容は考えてないものが多い。脳で思ったことを口に出しているだけなのだ。

古い記憶だが、この人生の中でまともに聞いたことのある落語で「頭と口の距離が短い」と言っていた話があった。

まさに私がこれだ。

このお喋りの利点は「考えていないので無限に喋れる」ことなのだが、その喋りには強弱はない。メリハリもない。なので友達と中身のない話をするにはいいと言うだけの話だ。

実際は使い道もないし、私みたいにこのお喋りをコントロールできていないとただのお荷物になってしまう。

話は退職してから今まで何をしていたかと言う話になるが、私は何がしたいか考えた結果、

旅行に行き(お金が無いので一度は遠出し、もう一度は都心に行った)

ゲームをし(未だにクリアはしていない。長いのだ、DQ11…)

ブリーチを3回し(ピンクにしたかったのでピンクを入れてそのあとは気分によって色を変えてきた。然し天邪鬼な私は"明るくするな"と言われているとめちゃくちゃしたかったが、別になんとも言われなくなると暗くしたい気持ちにもなるのだった…)

シールタトゥーをし(これは本当に楽しかった。私は温泉が大好きなのでタトゥーは入れられないが、本当に楽しいのでまたしたい。いやする)

ピアスを開け(現在軟骨2つ、耳たぶ4つが開いている。退職後に開けた耳たぶ2つは普通に場所が気いらなかったり、膿んだりしたので塞いでしまったが、今度はへそも開けたい気持ちある)

動画を撮影し(これをやってみて思ったのは私はメリハリのあるお喋りができないので全く面白くない動画になった。自分の考えをまとめて言う時は私は文章の方が自己分析しながら伝えることが出来るらしい。ただ、どちらが上手いかと言う話ではなく、強いて言うなら文章の方ができると言うだけだ)

それを編集し(恥ずかしい程のお粗末なものだったが、普通に楽しかったので撮影はできないけど編集はしたいと言う結論に至った)

絵を描き(飽きるのが早いので本当にノートの端に描くような落書きを描き続けている)

二次創作で小説を書き(何度書いても自分の推しカプ解釈違いに陥るので基本的には最後まで書ききれていない)

自撮りをし(自撮りは元々しているが、現在は精神的に不安定なのであまり上手いものは撮れていない)

エトセトラ、えとせとら…

正直覚えていないことも多い。

最近やっていたのは動画を撮り、編集をすることだが、普通にびっくりするぐらい面白くない動画になったので、依存レベルでYoutubeを見ているが、チャンネル登録しているyoutuberの方々は本当に尊敬した。(私の中で誰かにちやほやされて誰かに必要だと思って欲しい欲求、承認・尊厳欲求※2が強いのでわんちゃんyoutuberになってファンにキャーキャー言われたい気持ちはめちゃくちゃある。でも、そんな奴にファンは付かないのでこの欲求は満たされることはないだろう)

こうして見ると本当に何をやっていたんだ私は。と思うし、何度か前職を辞めていなければお金は毎月入ったんだよな…こんなに不安に思うこともなかっただろうな…と思った。

然し、それでもやっぱり辞めてよかったと思うのは、仕事をしていた時よりも精神的に安定している部分が少なからずあるからだ。

この無職期間でなにか趣味を見つけられたら、ストレス発散方法が1つ見つかるかも。と淡い期待を抱いていたのは認めよう。

だが、もう、無理だ。

そもそもストレス発散方法ってなんだ。

溜めることしか知らない私は結局、今のようにだらーっとして1日中家にひきこもり、何をしているかと言えばYoutubeをみたり、支部をみたり、Twitterに常勤していたりすることを3ヶ月程続けるのが1番のストレス発散方法なのかもしれないと思わなくもない。

これ、あんまりしてるとマジで無駄な時間を過ごしてしまったと自分を責めてしまう(現在がそう)ので全く同じではない方がいい。

分かった?未来の私。

 

こう書いていても結局繰り返してしまうのが私なので、これも諦めるしかないのかもしれないな。

 

さて、長々と語ってしまったが、なんで1年ぶりにブログを更新したかと言うと、そろそろ就職先が見つかりそうだからだ。

"と"話すのが苦手な私が今度つく職は営業なので、今私には不安が目の前に広がっている。できるだけ病まずに、1年半程務めてまた3ヶ月ぐらいのお休みし転職活動をするという生活をしていきたい。

 

※1 マズローの欲求5段階説の中の第3段階「社会的欲求」集団に所属したい、仲間が欲しいと思うこと。

※2同じくマズローの欲求5段階説の中の第4段階「承認・尊厳欲求」社会的欲求が満たされると出てくる欲求で、人から認められたいと思うこと。

 

(読み返すと書き言葉が安定していない。である。だからだ。等と使いながらも突然ます。を使ったりする。あと普通に途中何書いてるかわかんなくなったし、今気づいたけど、これずっと喋ってた時に「今自分は何を話しているんだっけ」と思う現象だったので、結局書いても喋ってもそうなってしまうものらしい。でも書いていて良いことは過去のことが読み返せることだ。だからまとめられる訳だな。こりゃ納得)

やめます。とは

私はかつてから追ってきた防弾少年団(BTS)を追うことをやめる。と決意しました。

理由は2つほどありまして、

1つは、殆ど防弾少年団が今何をしていて、今どんな髪型、髪色、番組でのエピソード等が全く分からない状態で、それでも以上を私が自ら調べて行こうという行動にまで移せないことです。

ここまできたら、追っていく意味も分からないし、そのままで4月にあるペンミに行って楽しめるのか?そもそも私は行っていいのか?それを私が許せるのか?

じゃあ、ペンミまで時間があるし、過去のものをざっとみて、今から追うことができるのか?

結果、無理だな。と思ったのです。

無理なことはしない。それが一番です。

そして2つ目は、実は1つ目の理由をずっと抱えてて、殆どCDを買うなどが義務化してきたこと。

そもそも自分で選択して買うものなのに、勝手に自分で義務化して買うべきものなの?

それは他にも使えるんじゃないか?と思ってきたからです。

以上が私が防弾少年団を追うことをやめる理由ですが、先日こんな話を友人としました。

彼女からはかなり前から彼女の推しGOT7のライブに誘われていて、それは防弾少年団を追うことをやめることになっても行くつもりでしたし、なんならもんえくも行く約束をしていました。そんな彼女からきた連絡。それはGOT7のライブが当たったよ!と言う報告でした。

その中で「これが最後のライブになるだろうから、」と言われたので私はてっきりGOT7が日本でする最後のライブになるのかと思い、そんな?!えっ?!と思ったら「えっだって、ばんたん追うのやめたんだよね?ライブも行かないって…」ときたので慌てて弁解をしました。

 

何が言いたいかと言うと、私は別にドルオタ辞めるつもりはないです。

そもそもドルオタの私は私の中の根本的なところにいて、辞めるとか辞めないとかそんな話になるところにいないんですよ。こう、根っこなんですよ、私の。根っこ。他人から引きちぎられることはあっても、私から手放すことはできないんですよ。だって、手放したら私死ぬし。

ただ、私が防弾少年団を追うことをやめることは事実であり、それが全てなのですが、じゃあ、もう追わないってこれだけ言ったから今後一切応援しないんだよね?と言われたらそれは保証できないと答えるしかありません。

今、私はドルオタよりもオタクよりも腐女子の私が毎日推しを愛でるために舞を踊っているので今は、腐女子の私が表立っていますし、それに集中したい気持ちがあります。どうしても、多方面でやっていると集中力や精神的な面、金銭的なことなどたくさんの問題がありますから、こればかりはどうしようもないと思います。

少し詳しく言うと、防弾少年団に関しては2016年の11月辺りから追うことをやめ、そして2017年の春頃からライブかなにかで(だったと思う)また追うのを再開したり、と結構波がありました。その時はまだ、ライブだ!行きたい!みたい!と言う欲が30%と程で、あとは義務と言うか、ここまで見てきてこれを見ないとかない。自分の中で許せないという思いが70%と結構な理由でライブに行ってました。(結果、最高に楽しかったんですけどね)

正直、自分でもこれはどうなんだ?好きだけど…となってしまうものに義務化でやっていくものなのか?ちょっとここは1つ、宣言して追うことをやめるのも手なのでは?とずっと思っていましたが、よく遊ぶ仲間がドルオタであること、もしかしたら話がついていけなくなるのでは?と言う考えがチラついたことは事実です。しかし、そもそも分からなければ聞けばいいし、知らなければ教えてもらえばいい。周りは教えることが大好きなオタク。と思うと別にいいわ。それは心配ないわ。と思ったので、ここは宣言してやめるか!と思った次第です。

なんで宣言するか。勝手にやめろよ。となるとは思うのですが、私は誰かに追うことをやめることを許して欲しかったんですよね。いいよ。今は好きなことに全力でお金を使っていいよって。

どうして許しが欲しいの?となる方もいらっしゃるとは思いますが、別に過去に誰かに責められたことがあるとかではなく、自分自身が許せない気持ちがあったからです。

だから、宣言して、きっと誰にも許しは貰えなくても、周りに認知してもらうことによって、それを許しと変えようとしたわけです。

本当に悩みました。今までやってきたことはなんだったのか。とかも考えましが、そもそもその考え方が出るのがおかしな話ですよね。

彼らは別にそれを求めていないのですから。

よく言うよ、防弾少年団はさ、ライブとかで「army、ずっと一緒にいてね。」とか言うよ。言うさ!でも、別に義務でやられて、彼らがarmyのために、と書いた曲が楽しめなくなったらそれは違うんじゃないかって思ったんですよね。それは私も違うと思うし、彼らもそう思って欲しくないのではないかなと思ったからです。

私は彼らにたくさんのことを求めていて、でもそれはお門違いのところも沢山あって、まあ、そういうのを冷静になって見直していくのもいいんじゃないかなと思います。

でも、熱愛報道でたら怒り狂うと言うかもうしんどくなるとは思うので、それは許してくれ。頼む。しょうがねえ。

じゃあ、なんでやめるとか言ってるのかと言われればそれは私がやめる以外でどう表現していいか分からなかったからです。なんて言えばよかったんだろうか…?分からないので、やめるって言うことにします。

FCはどうするのか、それは今別に辞めなくていいかなぁと思っています。更新日が来てからじゃないとどうするかは分かりませんが、今のところどのFCも抜ける予定はないですし、まあ、FCぐらいのお金を彼らに渡せるのならいいのかな?と思います。どうなるかは分かりませんが。

 結局色々分からないので、今の現状から言うと、とりあえずペンミは行かないよって話です。

相変わらず、まとまってないけど、私はさ、オタクもドルオタも腐女子も辞めないし、結局その時その時で変わっていくから、いつかまた、防弾少年団を追うことを日常化することもあるかもしれないし、また色々とTwitterにあげたりするかもしれない。それがいつかは分からないけど、誘われたらライブも行くし、推しのことだって聞くし、新しいアイドル!可愛いでしょ!と見せられたら観るし、感想だっていうし、なんなら可愛いエピソードを聞くことだってある。そう、今と変わらない。ただ、私の中で一つ区切りを付けたかっただけです。

それだけなんです。だから、みんなアイドルの話もっとして、より良いドルオタ生活を私に聞かせてくれよな!

サンリオピューロランドに行って心を置いてきた件。

時は2018年1月14日。私は、過去数回サンリオピューロランドに足を踏み入れたことがある友人に連れられて、あの地へ足を踏み入れた。

まぁ、絶対まとめとかできないから言うわ、あれ、

控えめに言っても最高。

ってところかな。

帰ってきてから何度かわいいフェスティバルの動画見たと思う????もう自分でも何回みたのか覚えてないけど、ダンスはそれなりに踊れるようになってきたわ。

あ~~~~私も前列でパレードキメてぇ。

最高の極みでは????????

題の通り、心置いてきたから全然冷静じゃないけどちょっと感想言うわ。

 

まず、大前提に私はサンリオ好きではないこと。

正直行っても「かわいい~~」「これ欲しい~~」とかならないし、いやね、可愛いとは思うし自撮りしたらすげえJKみたいだなって思うけどキャッキャッはできないし、なにより心の中の自分が「すっっっげぇ!メンヘラ女が好きそう!」「うわぁっここにいる女全員メンヘラに見えてきた!」って言っちゃってたからなんか、こう、私には向いてないのかなって思ってた。

パレードを見るまでは。

いや、このパレードがですね、本当に最高の極みなのですが…

最初はね、可愛いダンサーのお兄さんウォッチングしてたんですよ。まぁ、これは最初から最後までしてたんですけど。あ、ちなみに私のおすすめのお兄さんは音符の服を着ていて乗り物にいつの間にか乗って一人で楽しそうに走ってるお兄さんです。分かりません?んーーーーサンリオピューロランドに行ってください。

脱線しましたけど、色々とこのパレードがやばい理由がありまして…

まず、「かわいいコールが死ぬほど面白い」

私は言わずもがな、コールを楽しむタイプのオタクなのですが、本当にこのコール楽しい!ハローキティさんがパレードに来ているいちご王国のみんなを紹介した後に、再度みんなの名前を呼んで「かわいい!かわいい!」と言うだけなのですが、それがもう、もう、ね?あのね、すごい。

私は隣のカップルが若干引いてたぐらい楽しかった。

その最中にあるダンスもすごく楽しいし、簡単で、しかも始まる前にハローキティさんとダニエルが教えてくれるので初心者も参加したことある人も安心!

そもそも日常で「かわいい!」と褒められることは年を重ねる毎に少なくなっていくと思うのですが、少なくとも女の子にとって「かわいい」という言葉は魔法の言葉で、毎日言ってると本当に女の子って可愛くなるんですよ(経験済み)

それを惜しみなく、みんなで言うってすごくない?

私はすごいと思った。

そして次はハローキティさんの懐の広さと寛大さに涙する」

これ本当に。マジ。私周りいなかったら泣いてたぞ?って思うもん。

なんで?ハローキティさんすごすぎない?どうしてそんなに肯定してくれるの?ってぐらいしてくれる。フェスティバルを邪魔しに来た悪者にだって「私は信じてる!」というセリフも言えちゃう。なんたってハローキティさんだから…!

全員ハローキティさんに抱かれる準備していけよな…!

できればミラクルハートライトを買っていたら最高。

私が中心的にみてた「可愛いお兄さんが沢山いて目が足りない程の楽園」

これはね~~~~道ですれ違った男をみて「えっ今の人めっちゃ可愛い。嘘やろ最高やん」と言えたり、「こいつはド受ですわ!」ってそこら辺にいるお兄さんをついつい仕分けちゃうそんな人に向いてます。本当にこれが一番楽しかったんだけど、価値観が合わずに友達とやるとなにかひとつ盛り上がりに欠けるので注意してください。

適役のお兄さんで一人すっっげえ何をするにも上に登っちゃうお兄さんドしこなので是非。どうですかね。

 

まだまだあるんですが、全然まとめられない。とりあえずこれを見てる前にサンリオピューロランドに行ってください。そっちのほうが話が早い。

 

とは言っても、 まだまだサンリオピューロランドの良さはありまして、

ショーのクオリティの高さ。

これは本当にやばい。

宝塚のショーのようなものを最後にやるのですが、過去に宝塚を見に行った私からはもう

最高~~~~!!!!!

と言うしかない。ハローキティさんが階段から降りてくるところなんかもう!

最高にかっこいい。OH…最高。抱いて…

ショーの中身もすごくよくて、まるでパレードの

「仲良く」

「思いやり」

「かわいい」

が詰まってるそんなショーでした…

ちなみに私が見てきたのはこれです。1/31までの限定でした。見れてよかった~~~

www.puroland.jp

 驚いたのは、フラッシュ撮影以外の撮影はOKということ。ちょっと撮ろうとしましたが、普通に初めてはしっかりみた方がいいと思います。だって実質無料でみれるから。入場料払ったら無料で見れる。すごい。さすがサンリオさん。すごい。

これを実質無料は本当にすごい。

そして一番これは実質無料はちょっとやばくない?お金取ってほしい案件はこれ。

www.puroland.jp

本当につらい。すごい。

2015年6月からやってて、恐らく三か月ごとに交代制度なんですが、本当にすごい。

若手俳優さんが出てるショーで、ショーのクオリティもいいですし、なにより可愛い。

可愛い(大切なことなので2回言いました)

な!に!よ!り!

作中に観客席まできてハイタッチしたりするんですよ(震え声)

無理何それ。聞いてない。私はわりと遠い方の席(キャパが小さいので遠いと言ってもさほど遠くはないのですが)だったのですが、こっちにきて可愛い笑顔でハイタッチを求めてくるんですよ…無理…知ってたらもっと小奇麗にしてきた…バカ…

ここで私は思ったんですよ。初対面のイケメンとハイタッチするだけで緊張するのに、推しとハイタッチとか、もう、死んじゃうよな。何も言えなくてもしょうがねえなって…しょうがねえわ。

イケメンと実質無料で触れ合えるので、イケメン好きな方は是非どうぞ。

ちなみに作中の撮影は禁止ですが、最後のカーテンコールみたいなのは撮影OKでした。すごい。ガチ勢がみんなして一斉にカメラを構えるのもすごい光景なのでよかったらみてください。あまり見れない光景なのですごいの一言です。

すごいよ。

 

自撮りや写真が大好きな人にもサンリオピューロランドは楽しめますよ!

キャラクターとの撮影や乗り物での撮影。というかサンリオピューロランド自体が写真撮影が主な楽しみ方なのでばんばん撮っていくのが楽しいです。

なーによりそこで子供をみるのが本当に癒される…

子供がもう、可愛い。そしてJKたちの写真技術に圧倒されながら勉強になりました。最高かよぉ。

 

やっぱり最終的に全くまとめられなかったので、言いますけど、こんなの読んでる場合じゃない。はやくサンリオピューロランドに行ってくれ。サンリオピューロランドに行ったことある人はまた行こう。なんたってあそこは誰もが肯定してくれる場所だから。

「仲良く」

「思いやり」

「かわいい」

を心に刻んで、楽しんでいこう。

お互いによいサンリオライフを!

そして私と同じく、サンリオピューロランドに心を置いておていこうな!

最後にパレードの動画、置いておくよ。みんなで踊ろう!


◆ [4K] サンリオピューロランド新パレード 「ミラクル ギフト パレード」2015-12 【高音質】

1年間一生懸命生きた君へ

今年もやってきました。振り返りのお時間です。

あんまり更新しない人だったけど、今年は昨年と比べたら全然更新してない感じだったかなって思います。

そんなこんなで振り返り開始です。

 

まあ、普通に1年間、何やってかなって考えたんだけど普通に仕事一色で、殆ど仕事の記憶しかない。めっちゃ悲しいな。

年末になって思うことと言えば、めちゃくちゃ早い1年間だったなと思います。そもそも年が明ける感覚もないです。明日で2017年終わりなんだってよ?信じられない。

感覚としては10月とかかも。まだまだ1年あるなーって感じ。でも、1日は長かったりするからもうどうなのかね。どうなのかね。

1年、と言うか、振り返るならやっぱりジョンヒョンのことは大きいかなと思います。

普通にあの週に体調崩したんだけど、あんなに泣いたことないぐらい泣いたなぁ。

今でも思うよ。とても信じられないし、貴方の歌声を聴けるようにはなったけど、本当に理解しているかと言われれば理解してないのかもしれない。わからない。

もう1度願うなら、貴方の笑顔が見たいなって思います。

うん。

それから、私はうつについて少し考えたよ。死にたいってあまり気軽に言えなくなったよ。でも、心はあまり辛くないの。

私には寂しかったら「寂しい」って言える友達がいるから。だからあの週から今日この日まで私の後ろで黒い犬は眠ってる。

私にはまだ、撫でてやることは出来ないし、恐怖感はあるし、とっても怖い。いつ襲ってくるか分からないから。いつその牙が自分に向くか分からないから。怖いな。怖いよ。

それでも私は生きていく。

仕事も辛いし、もう辞めたい。同僚からは沢山言われたけれど、私の人生だから私が決めるスタンスは変わらない。

昔から言っていた40~50代で死にたいのは変わってないよ。正直それぐらいで人生終わっていいなって思う。

だから私は好きなものを好きと言って、好きなことを好きだと言える人になりたい。

生きていたらたくさんの人に出会う。

友達に囲まれてる人、

夢を持ってる人、

笑っている人、

他人に怒りをぶつけることに躊躇しない人、

他人を見下している人、

辛いことを辛いと言えない人、

沢山いるね。沢山あったよ。

怒られたことだってあったよ。まあ普通にキレちゃったけど。自分でもまだまだ子供だなと思うよ…。なんならそれは年明け持ち越しになっちゃったりしたから多分一月の自分は死ぬほど辛いだろうけど…ごめんね。

でも、私は私を否定してはいけないよ。私は他人のために全力で動けるタイプじゃないから、「自分を否定することによって、自分を愛して、受け入れてくれてる人に失礼」とかは言わないよ。そんなの知らねえよって思うから。

だから、なんと言うか、否定しちゃったらさ、犬がさ、起きちゃうんだよね。起きちゃって、食われちゃったらもう私はこの世にいないから。

まだしてないことだって沢山あるから。したいこともあるから。沢山。

生きていく理由なんてこれでいいんだよ。

したいことがあるから生きていくの。

私は他の人より死の選択と隣合せで、いつでも私は死を選択できる。

だから、満足したら死のう。

でもまだ、満足してないから死なないよ。

とりあえず、まあ、振り返りも何も無いけど、

1年間お疲れ様!

よく生きてた!

年明けも生きて迎えような!

悼辞

白い花が舞う今日この頃、寒さに震えていないでしょうか。こんにちは。貴方のファンです。

いや、ファンと自称するのはおこがましいかも知れません。しかし、貴方が好きだった一人の人間ということだけは認めていただきたいです。

さて、貴方は今日、貴方を愛してやまなかった人々に見送られ、家を出ました。この3日間、貴方のところには沢山の貴方を愛してやまない人達が会いに来たと思います。また、会いに行けなかったが、貴方を思って今も涙している人達がいることも知っているでしょう。

これが貴方が今まで生きていた功績です。これだけの人が貴方の死に立ち向かっています。

笑わなくていい。けれど責めないで。と貴方は言いました。でもごめんなさい。私は貴方を責めたい。

生きていてくれれば、それで良かったんです。それだけで幸せでした。

音楽を捨てたって構わなかったんです。一生歌わなくたって良かったんです。

どうして、死を選んでしまったのですか?

どうして、死を受け入れてしまったのですか?

いえ、ごめんなさい。よく分かっているんです。

大きな黒い犬と一生に生活するのは、困難だったと思います。死を最高の始まりだと、苦しみから解放される最高の選択肢だと思うのも分かります。何故なら私もそう思うから。

苦しくて逃げ出したくて、それでも逃げ出せなくて、逃げ出すには大切な人が多すぎて、

貴方はこんな私にも分かるほど、優しくて、真面目な人です。

少し思い出話をすると、実は私は貴方を最前列で見たことあるんですよ。その時、私は貴方が、真っ直ぐまるで目に焼き付けるかのように星空のようなペンライトの輝きを見ていたことが印象的でした。あの時、私は一緒に行った友人に、ペンサもっとして欲しかったね、などと言った覚えがあります。

でも、貴方にはそれが必要だった。私がもう二度とないと思う最前列で貴方を見ていたのと同じぐらい、あの時、あの瞬間はもう二度と訪れないのですから。それが、分かったきっかけが貴方の死であったことを私は恥だと感じます。

今、Twitterなどには貴方がいかに優しく、音楽を真正面から受け止め、どれだけ人々を幸せにしてきたか分かるエピソードが溢れています。その中には貴方には身に覚えのないものもあるかも知れません。それは貴方にしか分からないので、私には到底見分けることができませんが、それが本当であっても、嘘であっても、貴方が愛されている形が今、目に見えるものになってると私は思います。

貴方は確かに、人々の心の中に生きているのですね。

 

私はここ3日間泣いてばかりいました。

目を瞑ると貴方の笑顔が思い浮かびます。歌を聴くと、貴方の透き通るような歌声がもう二度と生で聴けないのかと涙が出ます。

今日のお見送りの動画は、私にはとても辛く感じました。あの、箱の中に貴方が入っていることが私には到底信じられないからです。

貴方が花たちに囲まれているところでさえ、涙が出るのに、私はまだ理解できていないのです。時間が経つと、この出来事が夢であったと思います。今でもそうです。

でも理解できているんです。貴方はあの箱の中にいて、どんな顔をしているのかは私には分かりませんが、確実にあの箱で眠っているのですね。

理解しているのに、理解出来ていなくてごめんなさい。

きっと私はもう少し泣いて過ごすでしょう。もう、涙は枯れたと思っては泣いていますので、まだまだ枯れてない様です。そういう時は気が済むまで泣きたいと思います。

人の死は、良くも悪くも時間が大切です。受け入れるのには時間がかかります。私はまだかかりそうですが、ご了承ください。

今まで過ごした日常の中に、SHINeeのジョンヒョンとして、また私の元に帰ってきてくれるのをただ、ただ、待っています。

ありがとう。

貴方の笑顔、

貴方の言葉、

貴方の歌声、

貴方の音楽。

全て忘れません。

沢山の愛と感謝を込めて。

オタクって本当に生き辛いな。

社会人って、本当に嫌だなぁ。学生に戻りたい気持ちと、全てを捨て去って海外逃亡を図りたいそんな気持ちが交差してる状態です。在宅ワークも中々厳しいかも知れないが、普通に朝起きるの嫌すぎて、在宅ワークしたい。

 

さて、どハマりしてるジャンルがなくて、今宙ぶらりんになってる私です。

しかし、変わらずばんたんがライブやるなら最優先で行くし、なんならこの間の京セラも行った。本当にそろそろ物販どうにかしてくれない?ドームするならそこも改善策投じてくれない?頼むよ。

K-POPは中途半端って感じで、心の友達は相変わらずハマっているので会ったら情報を聞きながらなんかこれでいいかぁって思ってる感じです。

9月は商業にハマって、とにかく読んで、気に入ったら本で買うって言う生活をしていた訳なんですよ。そしたら、本棚がBLで埋め尽くされてちょっと笑っちゃった。私は別に隠してないので、友達きてもそのままなんだけど、そもそも入りきってないからそこはどうにかしなきゃなって感じはある。

そんな他人の恋愛を全力で応援してた私も、今は宙ぶらりん。応援は常にしてるので、話し出すとすぐ熱くなるのが悪い癖。

本当に何にもないんだよなぁ。

昔やっていたことで、したいことはあるんだけど、昔はどうやってやってたか思い出せなくてやれなくて、ダラダラしてる。

結局自分は何もできない人間なのかな。と闇に入ったりしてみたり。

社会人なって1番思ったのは、本当に笑わない生活しんどい。

学生の頃はそんなに思わなかったのに、社会人になったらそれが辛すぎてしんどい。でもかと言って他人と会うことが疲れるタイプだから人と話そうと言う力もないし、金もない。

我社は無駄に研修するんですけど、その時に久しぶりに同期と会って腹抱えるぐらい笑って、再確認したわけだけど、笑うだけでだいぶ楽。

本当に。ただ愛想笑いとかただの笑いじゃなくて、腹を抱えるぐらいの笑いが必要だなって。

でもこれって本当に難しくてさ、そもそもお笑いを見るタイプでもないから観ないし、観ないしなあ…あんまり腹を抱えるぐらいのお笑いがなさそうだなって思うし、なんなら疎遠にしていたジャングルだから手を出すのも嫌だなぁ…。

さまぁ~ずの微笑みになれるぐらいの笑いはわりと感じてる。録画してるからな。

なんにせよ、難しい。

QOLって普通に生きてる若者でも向上って難しいんですよ。色々考えちゃったりさ。な?な?

向上する感じは今のところ無いです。

オタクじゃなくても生きにくいけど、宙ぶらりんになってるオタクこそ、生きにくいし、行きやすい時の反動酷いし、オタクって自分で自分の首絞めてる感じあるよな。

それでも2次元から培ったオタクはもう抜けないんだよなぁ。

幸せになりたい。